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ロリポブログ!

Yet Another JUGEM.
チョコレート・ファイター
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     光が投影されるスクリーンと、自らが光源となって光を放つブラウン管や液晶画面は、まったく異なる映像伝達物である、と常に強調してきた。そこに映し出されている被写体がまったく同じものであっても、だ。そのちがいは、物理的な域をはるかに超え、形而上の域に達していると言わざるを得ない。
     そう主張しつつも、いつしかそのちがいを忘れていた。
     この映画をDVDで何度も見て(DVDで見る時点で、それは映画でなくなっている!)、屋上に出てからの戦いは冗長だ、などと感じていたが、初めてスクリーンで見ることによって、それらはまったく異質の運動へと変貌した。主人公ゼンの蹴り、路上へと落ちていく人間とコンクリートが接触する瞬間における肉体の質感など、画面のサイズが大きいから、という理由だけでは説明し尽くせない「触感」が突き刺さってくる。
     この映画は「痛い」。そうした評価は多いのではないか。しかし、この映画が持つ真の痛さとは、打撃を与えられる肉体を、見る者が想像することによって生じるものではない。スクリーンに投影された光が、触感を伴って生身の人間を突き刺す、人智を超えた衝撃が生み出されるがゆえの痛さなのである。
    | - | 22:11 | - | trackbacks(0) | - | - |
    晩春
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       小津安二郎の映画における最高傑作のひとつとして定評のある本作は、頂点というよりは、過渡的な性格を持った映画である。
       小津安二郎の映画において、女優たちは、うつむくことによって光輝き、映画を揺るがす。その代表的な存在が、原節子であることは疑う余地のないところだ。
       小津安二郎の映画に原節子が初めて出演したこの『晩春』において、小津安二郎は原節子に、うつむくよりもむしろ、目を上げる、顔を上げる動作を多く行わせている。その最たるものが、笠智衆の再婚話を聞かされて顔を上げる瞬間であり、原節子の表情はそれまでの平和な雰囲気を一変させる迫力に満ち、ここから映画が急速な転換を見せる契機となる。
       小津安二郎は、原節子を起用するにあたり、自身の映画でその特性をどう生かすかをまだつかめない模索状態だったのではないか。映画が後半にさしかかるに連れ、原節子がうつむく動作が増え始め、終末近くにおいては、花嫁衣装で正座をし礼を述べるという、巨大な「アクションシーン」が実現される。
       小津安二郎は、この一作で原節子の特性とそれを生かす方法を完全につかんだ。原節子がうつむく、顔を伏せる動作をとらえ最大限に活用することにより、以後『麦秋』『東京物語』へとつながり、映画のさらなる震撼へとつながっていくことになるのである。
      | - | 14:41 | - | trackbacks(0) | - | - |
      TRANSFORMERS:REVENGE OF FALLEN
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         かねてから興味のあったラップラオへ初見参。
         ザ・モール・バンカピは、すごい人で、マーブンコーンなみ。ここにはSFシネマシティが入っており、スクリーン数は10以上。そのほとんどが『TRANSFORMERS REVENGE OF FALLEN』。
         ちょうど時間が合い、英語版タイ語字幕(タイ語吹替版もある)の回を選び、スクリーン13へ。入口2箇所で荷物検査が入念に行われるのは初めての経験だ。席は8割方埋まっている。この日が初日であることを後で知った。
         映画自体は、歴史的な要素を入れて振幅をもたせる工夫が見られたが、金属同士の戦いは、生理的にきついものがある。
        | - | 18:43 | - | trackbacks(0) | - | - |
        ミツバチのささやき
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           平原の中に、曲がりくねった道が地平線まで伸びている。正にジョン・フォードだ。この地を探し出し、フィルムに定着させたことで、映画における一つの境地に達している。カメラの位置を変えることにより、この道が地平線ではなく、空との境界線まで伸びる道へと変化することで、映画の豊富な様相を提示している。
           窓を開けることにより、空間と光が拡大される。窓を開けるのは人間だけではない。風が微妙な開閉をもたらし、アナの表情に差し込む光を変化させ、繊細な陰影をもたらす。映画館の音に導かれたアナの父親が窓を開けると、映画館が見えるという、胸躍るショットまで用意されている。
           二つの交通手段が平行して走行することもまた、映画における一つの境地であり、アナの母親が自転車を走らせてくると、画面左奥からは列車が走ってきて、絶妙な平行走行が実現される。自転車を降りたアナの母親が、駅のホームへと走っていくと、列車が到着するというこのタイミング。あまりの悦びに、飛び上がりたくなるのを抑えるのが難しいくらいだ。
          | - | 17:02 | - | trackbacks(0) | - | - |
          WALL・E
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             機械が心を持つ。それが自然の理に叶ったことのように、抵抗なく受け入れることができる。こうした展開を可能にした脚本の力は偉大ではないか。
             『WALL・E』の中で、人類は、自分の足で立ち上がる「再生」をはたし、植物との共存、そして機械との協力を、相互の意志を疎通させながら行っていく。
             映画史において、意志を持つ機械は「敵」として描かれることが多かったが、『WALL・E』で描き出された、機械と心を通わせることのできる未来像に託せる希望は非常に大きい。
            | - | 18:20 | - | trackbacks(0) | - | - |